共用になっている裏庭を挟んで向かいの家に住むアンドリュー(ルー)は 毎日夕方になると決まって何やらわめきながら掃除を始める。 「You know? おれがやってるような掃除の仕方をHalf Assedって言うんだ」 「一日中ハイになってりゃ、そりゃキッチリやるほうが無理ってもんだ」 いつもご機嫌なこのおっさんは、いったい何をして生活しているんだろうか。 「おれか?おれはあれさ、マッサージセラピストだ。1分1ドル。お手製のチラシもあるぞ。 ネイバーには、1時間20ドルでやってやってるけどな。御近所様価格ってやつだだだははっ」 下品な口調、そして耳障りなダミ声。ルーは続ける。 「そもそも金なんて、このアメリカにおいてそんなになくても生きていけるのさ。 何だって近所の奴らが家の前に持ってけって置いてくれるだろう? You see? リッチな車も家も必要ねぇだろ? ちょっと待て、ここにこうして朝顔がツタをはわせるための、 さっき拾ってきたネットをだ、こうして伸ばしてやって…。」 「見ろ、トマトもうまそうになってるだろう? ルー自慢の畑だ。 ここは夏になるとめったに雨が降らねぇから、おれが時々水をたらふくやってるんだ。」 「とにかくだ、自分の人生を誰かに預けたりしてたら時間がたりねぇだろう?」 ルーの目はいつも煙たく濁っているけど、きっとロマンチストなおっさんなんだろう。 焚き火を前にすれば星と宇宙と砂漠の話を、ビーチに行けばアメリカの食品産業の汚点を語る。 「おっと、すまん、また難しい言葉を連発したな。早いとこ英語をどうにかしときな。」 言葉の問題以前に自分の無知と視野の狭さをうつろな眼差しで教えてくれたルーとも、もうお別れ。 明日はサンフランシスコ・ダウンタウンのアパートにお引越しです。 「またなー」いつもと同じ軽い挨拶を交わしただけだったけど、 どうしようもなく耳障りなダミ声は、僕にとって今や間違いなくオークランドの象徴です。
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