内田輝のピアノ調律の音で目を覚まし、リビングに行くと田辺玄が寝ぼけ顏でギターを抱え、森ゆにがそれを眺めてパンをかじる。ゆっくり起きてきたharuka nakamuraが食事もせずにピアノに座りセッションが始まると、どこからか濱田英明のシャッターを切る音が聞こえてくる。
兵庫県篠山にあるcolissimoとrizm。僕と妻の麻未は、ありがたいことに8月1日・2日とこの場所で行われた濱田英明さんの写真展オープニングイベントのゲストとして招いていただきました。篠山滞在中はこのふたつの空間を営まれるオーナーの前中ご夫妻がアーティストたちと一緒になって“交わり楽しむ”ために建てたというゲストハウス、“rizmの森”に宿泊させていただくことに。都会から離れ自然に囲まれたのどかな篠山へ、なぜこうも興味深いアーティストが集い、表現の場としてcolissimoおよびrizmを選ぶのか。過去には写真家の川内倫子さん、中川正子さんも個展を開催している。「僕らは“交わり楽しむ”という言葉を使うんだけど、作家でもアーティストでも、有名無名関わらず、人と人がつながっていける場としてこうした場を作ったんだよね。オブザーバー(プロデュース)側とか作家・アーティスト側とかっていう垣根はとっぱらって、みんなと同じ立ち位置で空間や時間を創出して楽しむ。だから倫子さんでもここで料理してもらうんだよ。ほら濱ちゃん、パスタをお願い〜!」前中夫妻のそうした姿勢は、表現者たちをリラックスさせるだけではなくて、自分たちでイベントをつくっていくという主体性をも持たせているように思える。馴れ合いではなくそこにはお互いへの信頼と尊敬がある。濱田さんをはじめ同日演奏を行うミュージシャンたちと、まるで子供の頃の夏合宿のような楽しくもピリリとどこか緊張感のある凜とした気分で、貴重な2日間を僕なりに交わり楽しんで過ごしました。合宿メンバーは、バンドWATER WATER CAMELの田辺玄さん、シンガーソングライター、ピアニストの森ゆにさん。さらに全国各地を旅しながらclavichord(鍵盤楽器)の魅力を伝えるピアノ調律師の内田輝さん。 そして個人的に大ファンだったアーティストharuka nakamuraさん。こうした音楽家たちとゆっくり、本当にゆっくり風呂に入り(harukaさんは実は大の温泉好きで、各地を“音楽のある風景”をはじめとしたツアーをしながら同時に温泉地を巡り、さらには秘密の温泉ブログも運営しているそう)、食事を作り酒を飲み語り、遅い朝を迎えるといった束の間の夏の日を過ごせたことは、2年間ふたりきりで旅をしてきた僕ら夫婦にとっては新鮮な出来事でした。言葉に不自由なく意見交換ができるからこそ、まざまざと感じる表現者が備える才能と、実感を持って想像できる、彼らがそこに到達するまでに歩んできた暗く、遠く、厳しい道のり。海外アーティストとの取材に苦労してきたからこそ今更ながら円滑で隔たりのないコミュニケーションの大切さがとても身に沁みたのです。
会場では、8月30日まで一ヶ月間展示される濱田さんの写真をイベント前に拝見させてもらいました。リトアニア、サンフランシスコ、台湾、ベルリン…。僕が行ったことのある街もあれば、まったく縁のない街もある。けれど、どの写真も僕にとっては一様に懐かしい気分にさせられる。SNSやウェブサイト、あるいは雑誌やCDジャケットで何度も目にしてきた濱田さんの写真ではあったけれど、こうして大きく引き伸ばされたプリントを目にすることで、一人の男がこの場所に行って、このような人に出会ってシャッターを切ったんだなという当たり前のことがやけにリアルに感じられました。それは、もしかしたら実際に濱田さんと一緒の時間を過ごし、彼がシャッターをどのように切っているのかを間近で観察することができたからかもしれないと思います。僕とほぼ同サイズのがっしりとした体型ではあるけれど、身のこなしはとても軽やかで(濱田さんは滞在中、ほぼ単焦点の標準レンズ1本のみを使用していて、構図をつくるためにかなりの範囲を動き回っていた)、ピントを合わせる所作は静かで繊細。レンズに添える手のかたちは濱田さん特有の仕草に思えます(男性のカメラマンはもっとがっちり握っていることが多ような)。そんな細かな動作を実際に目にすることができたのは、僕にとってとても大きな財産になりました。そうした体験をしたことで、どこか遠く知らない土地の素敵な場所で起こっていたことが、今はとても身近なことに感じることができる気がします。濱田さんの写真を自分の身に起こったことのようにして見ることもできるというか。「写真をすべて自分のものにしないようにって思ってて。写真を見る人が、自分の経験とか記憶、もっと言えばこれから起こるかもしれないことまで想像できる、余白みたいなものが大切やと思う」と。この言葉に僕は何か大切なことを気付かされた気がします。具体的にどうすればそのような余白が生まれるのかはわからないけれど、言っている意味は体感としてわかるし、実際彼の撮ったエッフェル塔から地上を見下ろす写真には、確かに僕自身の記憶が甦った。そんな今となっては他人と思えない濱田さんは、この数日後、アメリカに立つそうです。35歳で写真家に転向して以来、休むことなく長い長い旅を続けてきた彼と、次に会うのは8月20日。東京のSHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERSで開催させていただくknockのトークイベントにゲストとして来ていただけることになったのです。「家に帰る時間がほとんどなくてね。アメリカから帰ったら少しそうした時間を取ろうと思ってた」という濱田さんにまた無理をさせてしまうことになったけれど、このトークイベントのタイトルは「旅をしながら働く。働きながら旅をする」。同世代の僕らふたりがどのようにして旅をしながら、仕事をしているのか。その裏舞台や苦労や喜びを色々な方向からお話したいなと思っています。これから仕事に限らず海外へ行こうと思っている方や、実際に海外で仕事をしてみようと思っている方にとって、何かのきっかけやヒントになれれば幸せです。ぜひお楽しみに。
【トークイベント:東京・渋谷/SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS】
8月20日(木)、SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERSにて、まさに今週もアメリカ・西海岸でお仕事中の濱田英明さんに帰国の足で駆けつけていただき「旅と仕事」をテーマにしたトークイベントを開催します。
Studio Journal knockの立ち上げから、制作・発行・営業、そして書店で展開していく経緯を中心にお話させていただきます。また雑誌KINFOLKやTHE BIG ISSUE TAIWAN、僕もお仕事をさせていただいているTRANSITなど、海外を旅しながら仕事をしてきた実体験を通してお話します。これから海外へ出かけられる方や、実際にお仕事を海外でとお考えの方にとって、何かのきっかけやヒントになれれば幸いです。
http://www.shibuyabooks.net/commerce/special/lab.cgi
SPBS webサイトより
Studio Journal knock編集者・西山勲×写真家・濱田英明トークイベント「旅をしながら働く。働きながら旅をする」
現在は東京以外の場所に拠点を持ち、世界中を飛び回りながら活動をされているお二人。今回のトークイベントでは、元々別の職業に就いていた二人が、なぜ今のスタイルで働くようになったのか。また、フリーランスで仕事をするうえで大変だったことや今後どのような取り組みをしていきたいのかについてお話しいただきます。日本にいることの少ない同世代の二人が揃って語り合う貴重な一夜です。ぜひご来場ください。
■日 時: 2015年8月20日(木)20:00-21:30(開場19:30)
■ゲスト:
西山 勲(にしやま いさお)
編集者・グラフィックデザイナー。福岡市在住。2013年に世界のアーティストの日常をドキュメントするビジュアル誌『Studio Journal knock』を創刊。世界を旅しながら、アーティストのスタジオや自宅を訪ね取材を行う。旅先の宿をオフィスに個人で編集・制作・発行まで行うスタイルで、これまで4タイトル発行している。現在一時帰国中。
http://www.nishiyamaisao.com
濱田 英明(はまだ ひであき)
写真家。大阪在住。2012年9月、35歳でデザイナーからフリーのフォトグラファーに転身。2012年12月、写真集『Haru and Mina』を台湾で出版。『KINFOLK』(アメリカ)、『FRAME』(オランダ)や『THE BIG ISSUE TAIWAN』(台湾)などの海外雑誌ほか、国内でも雑誌、広告など幅広く活動中。2014年10月写真集「ハルとミナ」(Libro Arte刊)を出版。「瀬戸内国際芸術祭 小豆島 醤の郷+坂手港プロジェクト」公式フォトグラファー。
http://hideakihamada.com
■会 場: SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS
■定 員: 50名
■料 金: お一人様1,500円
■お申し込み:
お電話(03-5465-0588)または以下のフォームよりお申し込み下さい。受付開始は8月10日21時~となります。