内田輝さんを訪ねて
音楽家でありながら、ピアノ調律師としても活動する内田輝さんをご存知でしょうか。内田さんの演奏や音源を聴いたことのない方でも、例えばharuka nakamuraさんの楽曲や各地で開催される演奏会などで、あるいは映像音楽として、彼の奏でる美しい音の響きを耳にした方は意外と多いかもしれない。彼は今、名古屋の工房で楽器製作家の安達正浩氏のもと、14世紀に考案されたクラヴィコードという鍵盤楽器の製作を行っている。「今、京都の清水寺の舞台板を使って楽器を作っているので見にきませんか。」今年6月のはじめ、そんな内田さんから連絡をもらった。彼に初めてお会いしたのは6年前、篠山で開催された音楽会以来だったから突然の便りに驚いたといえばそうなのだけど、それより京都清水寺の舞台板で中世の西洋楽器を作っているという、その厳かな言葉の連なりに激しく好奇心を揺さぶられた。
このコロナ渦において長らく鳴りを潜めていた沸き立つような感情に懐かしさを覚えながら、僕は岡山での仕事を終えた足で新幹線に飛び乗った。2015年に湯布院の「CREEKS.」というカフェで即興録音されたというアルバム「After The Rain」を再生し、おもむろにカップワインの蓋を開けマスクの隙間から真紅の液体をひとくち。収録された空間の空気に浸透するように、響き合うように、言葉のように紡がれていくピアノの旋律。そうだ、大好きな本屋さんOn Readingにも立ち寄ろう。黒田夫妻は元気にしているだろうか。しかしもう40を越えた精神にこのような高揚を感じさせるものはなんなのだろう。久しぶりのお酒のせいかな。いや、人に会いに行くというその道程に旅の叙情を感じるから、に違いない。イヤホンに流れる彼の生み出した音楽もまた、最良のガイド役としてこの旅をより豊なものにしてくれているはずだ。ほろ酔いの視界に車窓の景色が夕焼けに溶けはじめた頃、新幹線は名古屋駅に到着した。
檜の香りのする工房にて
「久しぶりだね。どうぞ入ってよ」工房を訪れた僕を笑顔で迎えてくれた内田さん。おぼろげな映像にピントが合うようにその穏やかな声と面影が6年越しの記憶とゆっくりと重なる。工房には順番待ちをするように巨大な楽器の外枠が重なり合い、様々な工具や設計図が壁に並んでいる。床には砂の粒子のような木屑が積もっていて、その年輪のような創作の痕跡の積み重なりに圧倒されつつも、久々に実家に足を踏み入れた時のような安堵を感じた僕はひとまず丸椅子に腰を下ろした。初めて目にする不思議な佇まいをしたクラヴィコードと向き合い作業を進める内田さんの姿に見入った。それは和菓子を入れる上質な桐箱のようでもあり、愛する者をおさめる棺のようにも見えた。
クラヴィコードの製作には京都の職人たちも関わっていて、徹底した細部へのこだわりは楽器である以前に伝統的な技巧を施した芸術作品のようでもある。整然と並ぶ56本の鍵盤は内田さんが自ら削り出し整形したものを、漆作家の西村圭功さんによる拭き漆という工法で仕上げられた。響板に埋め込まれた檜のロゼッタには京源さんによる美しい家紋が彫り込まれる。さらに楽器を保護する蓋には清水寺の舞台板の余韻を残した16の版木に、京都の唐紙職人かみ添さんによって趣ある唐紙が貼りこまれるそうだ。「一から楽器を作ろうと思うと、一台作るのにきっと100年はかかる。でも先人たちの残したものと向き合うことでかたちにすることができる。そうやって過去や現在、未来と対話することのできる音の響きは歴史を昇華する存在だと思う。」
製作の邪魔をしてはいけないと気を使いながら、どうしても好奇心が勝ってしまう。そんな僕の質問にひとつひとつ丁寧に答えながら、内田さんは楽器をモニュメントのようなものだとも言った。「例えばこのクラヴィコードという西洋で生まれた楽器は、現存する最古のもので1543年製。つまり大切にメンテナンスをすれば450年は生きられるということ。2471年にこの楽器を誰が弾いているのか、そんなことに想いを馳せて作っているようなところがあるんだよね。楽器を作っていると、時間について考えることが多くなる。製作には長い時間を要するから自分が残せる楽器の数は限られていることがわかる。そうすると自然と自分が死んだ後のことまで想いを馳せることになる。だから楽器を作るなら、想いを持ったプロジェクトに関わっていきたいと思うんだ。」
今回の清水寺との協働は、きっとそんな内田さんの精神性と心地よく呼応するプロジェクトなのだろう。音という目に見えないものだからこそ、人は自身の持ちうるイマジネーションを最大限に働かせることができる。そしてそれは時代を超えることができるし、その時代を写す精神や社会の鏡となるはずだ。内田さんは、楽器はまた、生きた考古学にもなり得ると言った。未来から後世の精神性をうかがい知ることのできる窓のような存在。今、まさに内田さんが過去に問いを投げかけながら、未来に想いを馳せるように。
FEEL KIYOMIZUDERA
silk road
寛永6年の火災によって全焼し徳川家光によって再建された京都清水寺。いま私たちが目にしている建物はこの寛永期から400年近く風雨にさらされながら修理を重ねてきたものだそうだ。清水寺はこの貴重な建築物を未来に残すため2008年から大改修を開始し、昨年2020年12月に落慶。内田さんが現在製作しているクラヴィコードの材料である檜の木材は、この11年に及んだ大改修によって役目を終えた本堂の舞台板なのだという。清水寺と内田輝さんによる「silk road / 祈りの道」と名付けられたこの取り組みは、清水寺が2012年から続けているFEEL KIYOMIZUDERAという〈祈り〉と〈表現〉を根幹にしたプロジェクトの一環で、400年ものあいだ本堂を支えながら人々の祈りを受け止めてきた木材を後世に伝えていくという想いから着想されている。クラヴィコードという人々を癒し深い精神性へと導いてきた西洋の楽器と、人々の祈りを支え受け止めてきた東の清水寺の木材が、音の響きを介して未来につながっていく。
「クラヴィコードの発する音ってものすごく小さくて。例えば木々のざわめきとか虫の鳴き声のように本当に微かな響きなんだ。だから自然と完全に調和することができる。そこにはルネッサンス以前にあった、音楽を奉納するという世界観、思想が込められていると思う。」内田輝さんのつくる音楽を聴いていると、さまざまな景色が浮かぶ。どことなく懐かしいけれど全然知らない場所。ただ静かで穏やかな場所。それは前世の記憶かもしれないし、遠い未来の風景なのかもしれない。
今回取材させていただいた内田輝さんが製作するクラヴィコードが、この夏完成をいよいよ迎えようとしています。2021年8月9日(月)から8月16日(月)まで、清水寺・経堂にて「silk road - 祈りの道」展としてお披露目されますので、ご興味のある方はぜひ足を運んでみてください。
FEEL KIYOMIZUDERA「silk road - 祈りの道」展
会期
2021年8月9日(月)から8月16日(月)
開場時間
8/9(月)〜8/13(金)10:00〜17:00
8/14(土)〜8/16(月)10:00〜21:00
会場
音羽山清水寺・経堂
入場料:無料※展示の詳細な情報はこちらで確認できます。
AKIRA UCHIDA
内田 輝
サックス奏者として活動後、ピアノ調律を吉田哲氏に師事。音の調律から観る様々な音との対話方法を伝える『音のワークショップ』を開催。楽器製作家、安達正浩氏の教えのもと、14世紀に考案されたクラヴィコード (鍵盤楽器)を製作。自ら楽器を作り、音を調律し、音楽家であること。この流れを大事にして世界を観たいと思っている。
After worked as a saxophonist for several years, learned piano tuning under Mr. Satoshi Yoshida. Planning and holding "Sound workshop" which is to introduce how to interact with various sounds from the viewpoint of sound turning.
While learning from Mr. Masahiro Adachi, instrumental producer, started to create Clavichord (keyboard instrument), invented in the 14th century.
"Making instruments, Tuning sounds, Being a musician"
This flow is essential for me to see the world.
Feature : sax / piano / clavichord / piano tuning / instrumentmake