カーサ・クアトロ2階にあるギャラリーで目にした版画作品が気に入って、僕らは作家の名前を頼りにスタジオを訪ねることにした。版画家の名はエル・ピンチェ・グラバドール。旧市街の丘の上、石畳の美しいポシトス通りで人に尋ねているうちに、彼のスタジオへとたどり着いた。 「私の名前は外国人には難しいでしょう。ルイスと呼んでください」。ここグアナファトで生まれ育ったというルイスは、2005年にオープンしたというギャラリー・ショップの奥にあるスタジオへ僕らを案内して椅子をすすめた。これまで街で出会った陽気なラテン男たちとは明らかに雰囲気の違う紳士的で誠実な人柄を漂わせるルイスに、僕は若干の緊張を感じながら、出てきたコーヒーに静かに口をつけた。 「小さい頃から絵を描いてばかりでした」。ルイスは静かに話し始めた。「将来画家を目指していた私はフランシスコ・パトランという画家に弟子入りし、掃除や家事手伝いを…
Read MoreStudio Visit: Karenina Romez
ラテンの熱による浮かれた気分もようやく落着いてきた頃、僕らは自転車に乗れるようになったばかりの子供のようにそろそろと行動範囲を広げていった。巨大迷路のように思えた路地は、おおよその地図が頭に描かれ、家族連れで賑わう地元のタコス食堂での難解な注文もこなし、タコスを口に運ぶ仕草も我ながら様になってきたように思えた。 アーティスト、カレ二ーナ・ロメスとの出会いは、次第に刺激を失いつつある異国での日常に新たな味わいをもたらす神秘的なスパイスのようだった。僕は再び色めき立つ好奇心に、謎の手応えを感じながら彼女のアパートのベルを鳴らした。 「ムーチョ・グスト!(はじめまして)」ドアが開くと、カレ二ーナはインセンスが香る薄暗い部屋へ僕らを迎え入れてくれた。映像やインスタレーション、パフォーマンスアートを中心に活動する彼女は、近年GIFアートの制作に取り組んでいる。サイケデリックな短編映画のような彼女の…
Read MoreStudio Visit: Catherine Gielis
銀細工職人のキャサリン・ジーリスとの出会いは、旧市街にあるカーサ・クアトロと呼ばれるアート・デザイン・食をテーマにした複合文化施設。美しいコロニアル様式の建築物内部には前衛的な現代アートや映像作品がカジュアルに展示されている。宿からわずか10分の位置にある施設の一階部分にはショップを併設した小さなアトリエがあり、そこにはいつも創作に没頭するキャサリンの姿があった。 ベルギーに生まれ育ち、ナミュールとブリュッセルでファインアートを学んだキャサリンはアートスクールを卒業後、ブラジルをはじめ南米各地を旅に出たという。「何かが足りなくて。知識とか情熱だけじゃダメだって直感的に感じたんだ」。各地を転々と旅し、アルパカ縫製やトゥンバガ精錬など伝統的な技法を学んだキャサリンは、メキシコで出会った銀や準貴石加工に特別な感覚を得たという。ブリュッセルに戻りジュエリーデザイナーとして活動を始めたキャサリン…
Read MoreStudio Visit: John Brodie
ブレアをはじめ8人のアーティストが在籍するToday Art Studios(トゥデイ・アート・スタジオス)。この施設を経営するのがアーティストとして20年のキャリアを持つジョン・ブロディだ。巨大なプレス機、ボロボロのソファー、壁に掲げる皮肉を含んだメッセージ。無数のアートピースで溢れるジョンのスタジオはまるで小さな遊園地。アーティストとして精力的に活動を続けながらも様々な分野に挑戦する実業家としての才能を合わせ持つ一風変わったアーティスト、ジョンを訪ねた。 「忙しくしてるのが好きな性分でね。そうすることで新しいアイデアが生まれてくるし、生活に活力と勢いが出る。いつも緊迫感を持っていたいんだ」今回訪問したスタジオ施設トゥデイ・アート・スタジオスをはじめモノグラフ・ブックワークス、そしてノースウエストの人気レストラン・バー、Le Happy(ル・ハッピー)を経営するジョン。過去にはバンド、P…
Read MoreStudio Visit: Blair Saxon-Hill
ポートランド・ノースイースト、紅葉を控えた美しい並木道にカフェやショップが立ち並ぶアルバータ・アートディストリクト。ダウンタウンと比べ家賃が安く、かつては多くのアーティストやクリエイターが居住地に選んだ地域ということもあり、感性を刺激するような書店やギャラリーが目につきます。毎月最終週木曜日には“Last Thursday”というアートイベントも開催されていて、近年再開発が進むに連れ人気が高まっているエリアです。この日は奮発してタイ料理レストランで昼食をとった後、アートブックや地元アーティストによる作品を取り扱う小さな書店、Monograph Bookwerksを訪ねました。共同オーナーのブレア・サクソン・ヒルとジョン・ブロディはアーティストとして活動しながら、アート・デザイン書籍や作品キュレーションを通じて地域への文化的な貢献を目的としてこの書店を始めたのだそうです。半地下になった店内に…
Read MoreStudio Visit: Stephanie Simek
ギャリー・ロビンスの取材のため訪れていたイェール・ユニオンで写真撮影をしていると、一瞬まわりの雰囲気がふわっと軽くなったような気がしました。明るい笑い声に振り返るとたまたま遊びに来たというアーティストのステファニー・スィミックがここで働く人たちに囲まれてにぎやかに話をしています。イェィール・ユニオンのオーナー、カーティスに紹介された僕は、彼女がどんな表現をしているのかと聞いてみると、サボテンに電流を流してラジオをつくるだとか、微生物を育ててネオンランプをつくるだとか、興味を持たずにはいれない幾つかのプロジェクトを説明してくれました。だけどそうした作品への好奇心以上に、僕は彼女の大きな目とつられてにやけてしまうような、パァっとした笑顔に惹かれ、後日彼女のスタジオで再会する約束をしました。数日後、10月半ばだというのに初夏のような日差しに汗を流しながら教えてもらった住所に辿り着くと、そこは大型…
Read MoreStudio Visit: Midori Hirose
「最近引っ越したばかりで片付いてないけど、それでも良ければぜひ」気持ち良く自宅兼スタジオに招待してくれたのは、ポートランド・ノースイーストに住むアーティスト、ミドリ・ヒロセ。5人のアーティストとミュージシャンが共同で生活するシェアハウスは、ガラスに覆われたサンルームから西日が低く差し込んでいて、出してくれたコーヒーや流れるレコードの音を余計に味わい深く感じさせる。ポートランドで生まれ育った彼女の名前は、日本で暮らす祖母から付けてもらったものだと言う。ダウンタウンや住宅街を歩いていてふと感じるのが、オークやイチョウ、白樺をはじめ様々な種類の街路樹が落とす木漏れ日の気持ち良さ。自然豊かなポートランドで耳にするミドリという名前は聞き慣れているがゆえに真新しい響きに思えます。絵の具やカンバスはもちろん、砂や木に粘土、芝生やフェイクファーなど、ミドリが作品づくりに選ぶ媒体は幅広い。下手をするとあちこ…
Read MoreStudio Visit: Gary Robbins
鍵の調子が悪いとほろ苦い表情で建物に招き入れてくれたのが、ここイェール・ユニオンの地下スペースでパブリケーションカンパニー、Container Corps(コンテイナー・コープス)を運営するギャリー・ロビンスです。ニューヨークのパーソンズ・デザインスクールでコミュニケーションデザインと建築デザインを学び、グラフィックデザイナー・アートディレクターとして、いくつかのデザイン会社や出版社でキャリアを積み2003年に独立。ブックデザインを中心に多くのクライアントと仕事をしながらも、個人的なプロジェクトとしてアート関連の出版物を専門に制作するコンテイナー・コープスを立ち上げました。 「単に図録を制作するんじゃなくて、アーティストにとってアートブックそのものが作品、あるいはプロジェクトになるようなプライマリーソースづくりをしたい」とギャリーは言います。実際に作られたアートブックを見せてもらうと、既存…
Read MoreStudio Visit: Yale Union
ある日、僕らが滞在するポートランド・サウスイースト地区を散歩していると一風変わった空間が目に入った。まるまる1ブロックが金網で囲われた広大な空き地。そこは一面が芝生で覆われていて、柵の中には一羽の鶏と数頭の羊が放し飼いになっています。何度か足を運んでいるうちに、お昼前から夕方頃までの数時間だけ、金網に取り付けられた簡易的な扉が開放されることがわかりました。夕方になると近所に住んでいるのであろう家族連れやカップルがやたらと愛嬌のある動物たちとの時間を過ごしていて、時計が壊れたようにスローな気分になってちょっとだけ不安になります。 今回訪ねたのはその空き地を見守るようにそびえ建つ建物、Yale Union(イェール・ユニオン)。この風格ある建物は、大規模な洗濯業務会社イェールランドリーによって1908年に建設され、その後合併や売却を経て1950年まで使用されていました。最盛期には125名もの女…
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