「最近引っ越したばかりで片付いてないけど、それでも良ければぜひ」気持ち良く自宅兼スタジオに招待してくれたのは、ポートランド・ノースイーストに住むアーティスト、ミドリ・ヒロセ。5人のアーティストとミュージシャンが共同で生活するシェアハウスは、ガラスに覆われたサンルームから西日が低く差し込んでいて、出してくれたコーヒーや流れるレコードの音を余計に味わい深く感じさせる。ポートランドで生まれ育った彼女の名前は、日本で暮らす祖母から付けてもらったものだと言う。ダウンタウンや住宅街を歩いていてふと感じるのが、オークやイチョウ、白樺をはじめ様々な種類の街路樹が落とす木漏れ日の気持ち良さ。自然豊かなポートランドで耳にするミドリという名前は聞き慣れているがゆえに真新しい響きに思えます。絵の具やカンバスはもちろん、砂や木に粘土、芝生やフェイクファーなど、ミドリが作品づくりに選ぶ媒体は幅広い。下手をするとあちこちに散らかってしまいそうなそれらの素材に対して、遊び心ある配列を持たせるのが彼女のスタイル。一見難解で、何だろうと見入ってしまったら最後、作品の背後(文字通り、それは作品の背面や底面だったりする)に仕組まれた明快で人間味あるメッセージに笑ってしまう。無類の会話好きで人と人をつなげる能力に長ける好奇心の塊のような彼女を見ていると作品ひとつひとつが彼女自身に思えてくるのが不思議で何だか可笑しくなってしまう。
翌々日、アーティスト仲間のうち数名がカナダ出身という理由で開かれたカナディアン・サンクスギビングパーティに図々しくも参加させてもらうことなった。半日がかりで作った肉じゃがとワインを手土産に、先日と同じように美しい西日の差すサンルーフを抜け、心地よいリビングへ。次々と訪れるアーティストやミュージシャンをもてなすミドリを横目に、じゅうじゅうコトコトと美味しそうな音と匂いを漂わすターキーに誘われキッチンへ。ここを主戦場に、押し並べてエキセントリックな来客者達の剥き出しの個性とエネルギーと真正面から向き合うこと数時間。フル回転で麻痺し疲労した小さな言語脳に、生まれて初めて口にするグレービーソースを乗せたターキーがじっくりと染み渡る。生活や食べ物に関する会話はこんなにも弾むのに、肝心要のアートや表現の話題になるとさっぱりチンプンカンプンになってしまう言語中枢(単にボキャ貧)に腹を立てるが、うまい酒と食事を前にするとついついどうでも良くなってしまうのが人間という生き物で。苦手意識が深刻になる前にどうにかしなければと薄い危機感が通り過ぎた夜でした。
Midori Hirose
http://midorihirose.us
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